偉人伝

父親「遊んでばかりいるんじゃない! リンカーンがお前くらいの年の頃は、 薄明かりの下で本を読んでいたものだぞ」 息子「リンカーンが親父くらいの年の頃は、 大統領になってたけどな」
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仏説摩訶般若波羅蜜多心経(ぶつせつまかはんにゃはらみたしんぎょう)

観自在菩薩が深般若波羅蜜多(じんはんにゃはらみた)を行ぜし時、 諸法は皆空なることを照見して、一切苦厄を度したまえり。 舎利子よ、色は空に異ならず、 空は色に異ならず、色すなわちこれ空、空すなわちこれ色なり。 受・想・行・識もまた是の如し。 舎利子よ、是の諸法空の相は、生ぜず滅せず、 垢つかず浄からず、増さず減ぜず、 …
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◆ たどり着いたらいつも雨降り ◆ 吉田拓郎

疲れ果てていることは 誰にも隠せはしないだろう ところがおいらは何のために こんなに疲れてしまったのか 今日という日がそんなにも大きな 一日とは思わないが それでもやっぱり考えてしまう ああ このけだるさは何だ いつかはどこかへ落ち着こうと 心の置き場を捜すだけ たどり着いたらいつも雨降り そんなことの繰り返し…
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虚心坦懐(きょしんたんかい) 偏見をもたず  (言志晩録)

独得の(どくとく)の見は私に似たり。人其の驟(にわか)に至るを驚く。平凡の議は公(おおやけ)に似たり。 世其の狃(な)れ聞くに安んず。凡(およ)そ人の言を聴くには、宜しく虚懐(きょかい)にして之を邀(むか)う べし。苟(いやし)くも狃(な)れ聞くに安んずる勿(な)くば可なり。 独得の意見や見識は、聞くほうにしてみれば初めて耳に…
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心の健康  ★★ 言志四録

人は皆身の安否を問うことを知れども、而(しか)も心の安否を問うことを知らず。宜(よろ)しく自ら問うべし。 「能(よ)く闇室(あんしつ)を欺かざるか否か。能(よ)く衾影(きんえい)に愧(は)じざるか否か。能(よ)く 安穏快楽を得るか否か」と。時時是(かく)の如くすれば心便(すなわ)ち放れず。 人はみな自分の健康については心配…
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草枕 夏目漱石

知に働けば角が立つ、情に棹させば流される、意地を通せば、窮屈だ、兎角に人の世はすみにくい 冒頭の一文 夢十夜・草 枕 (集英社文庫)集英社夏目 漱石ユーザレビュー:Amazonアソシエイト by 草枕 (新潮文庫)新潮社夏目 漱石ユーザレビュー:Amazonアソシエイト by
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自分は、あなたは、自らを欺いていないか・・・

君子は自ら慊(けん)し、小人は即ち自ら欺く。君子は自ら彊(つよ)め、小人は即ち自ら棄(す)つ。 上達と下達とは一つの自字に落在(らくざい)す。 立派な人物は何事においてもまだ努力が足りないと思うが、つまらない人物は自分の心を欺き、それで満足 しきっている。立派な人は常に自己研鑽に努めるが、つまらぬ人物は、すぐにあきらめ、自分を…
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不妄語(うそをつくな、でたらめをいうな)

妄語(もうご)は、すなわち長夜(じょうや)に苦を受け、真言(しんごん)は、すなわち苦を抜き楽を与う。 うそをつくといつまでも苦しむが、ほんとうのことを言えば、そのために苦しむということはなく、楽な気持ちでいられる。(空海・弘法大師)
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学問とは・・・

学は諸(こ)れを古訓に稽(かんが)え、問は諸れを師友に質(ただ)すことは、人皆之を知る。学は必ず諸れを躬(み)に学び、問は必ず諸れを心に問うものは、其れ幾人有るか。 学問の「学」は、先賢の教えを現在に照らし合わせ、「問」は先生や友人にその疑問を質すことだということは、誰でもしっている。だが、学というのは自分で実行し、問いとは自分の…
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幸不幸は心の持ち方ひとつ…

人生には貴賎有り。貧富有り。亦(また)各(おのおの)其の苦楽有り。必ずしも富貴は楽しくて、貧賤は苦しとは謂わず、蓋(けだ)し其の苦処(くしょ)より之を言わば、何(いず)れか苦しからざる莫(な)からむ。其の楽処(らくしょ)より之を言わば、何れか楽しからざる莫からむ。然(しか)れども此の苦楽も亦猶(な)お外(ほか)に在る者なり。昔賢(せきけ…
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弱い犬(^・ェ・)ほどよく吠える…

好みて大言を為す者あり。其の人必ず少量なり。好みて壮語を為す者あり。其の人必ず怯だ(きょうだ)なり。ただ言語の大ならず壮ならず、中(うち)に含蓄ある者、多くは是れ識量弘恢(しきりょうこうかい)の人物なり。 世の中には、よく大きなことをいう者がいるが、そんな人はだいたい度量が狭い。また、強がりをいう者がいるが、そんな人は必ず臆病な人…
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